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神戸地方裁判所 昭和59年(タ)74号 判決

原告

右法定代理人親権者母

右訴訟代理人

中尾英夫

被告

神戸地方検察庁検事正

辰巳信夫

主文

一、原告と本籍韓国済州道○○市○○○一〇四八番地亡Yとの間に親子関係の存在しないことを確認する。

二、訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  韓国籍を有する原告の母Aは、本籍韓国済州道○○市○○○一〇四八番地、亡Yと婚姻していたが、一九七〇年(昭和四五年)一一月一七日協議離婚の届出をして婚姻を解消した。

2  Aは、Yとの婚姻解消の日から九六日後の昭和四六年二月二一日原告を出生した。

3  ところで、AとYとは以前から事実上離婚状態にあつたところ、Aは、訴外Cと事実上の婚姻関係にあり、その間原告を懐胎して分娩した。従つて、原告はAとCとの間の子であり、Cは原告を子として認知している。

4  原告がYと親子関係にないことは、日本在住のAが原告を懐胎した時期Yは日本に滞在していないし、血液型も、AがB型、YがO型であるところ、原告はAB型であつて、Yとは背馳しているところからも明らかである。

5  Yは一九七一年四月一八日死亡した。

よつて、原告は、被告に対し、原告と亡Yとの間に親子関係の存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  1及び2の事実は認める。

2  3の事実中、原田が自ら原告認知の届出の効力を有する出生届をしていることは認めるが、その余は不知。

3  4の事実は不知。

4  5の事実は認める。

第三  証拠<省略>

理由

一<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

1  原告の母であるA(一九二九年四月一六日生れ)は、韓国籍を有し、八歳の頃から日本に在住しているものであるが、昭和二五年ころ、日本生れで本籍韓国済州道済州市○○○一〇四八番地のY(一九二九年三月二四日生れ)と結婚して日本国内で同棲し、その間に五人の女子を出生した。そして昭和四〇年六月三日にいたり、AとYは婚姻の届出をして、正式な婚姻関係に入つた。

2  ところが、Yは昭和三八年か三九年ころ所用で韓国に赴くうち、訴外Bと内縁関係を結び、韓国に在住するようになつた。以後、日本にはパスポートの切換えのため、一年に一度帰つてくるのみで、Aとの夫婦関係は断絶した。

3  一方、Aは、昭和四二年一一月ころ訴外Cと事実上の婚姻をして夫婦関係をもつようになつた。

4  そこでAはYとの離婚を望んだが、Yが日本になかなか帰つてこないので、手続がとれず、昭和四五年二月一七日にいたつて、ようやく協議離婚の届出ができた。

5  Aは、Cと夫婦関係を続けるうち懐妊し、神戸市で原告を分娩した。Aが原告を懐胎したと思われる時期、Yは韓国に在住していて、もとよりAとの間になんの交渉もなかつた。

6  AとCは、昭和四六年三月二日婚姻の届出をなし、またCは、自ら認知の効力を生ずる原告の出生届を神戸市葺合区長に届け出た。

7  原告、A、Y及びCの各血液型は、それぞれAB型、B型、O型、A型であつて、血液型からは、Cと原告との間に父子関係の背馳はないけれども、Yと原告との間では明らかに背馳する。

8  Yは昭和四七年四月一七日韓国済州市で死亡し、またCも昭和五四年五月中に死亡した。

右認定の事実によれば、原告は、母のAと亡Yとの離婚の届出がなされたのが昭和四五年二月一七日であるから、Aと亡Yの離婚による婚姻解消の日から三〇〇日以内に出生しているものであるが、Aは、右離婚の届出に先立ち、すでに長年にわたり亡Yと事実上離婚の状態にあつて別居し、その間にまつたく交渉が絶たれて夫婦の実体が失われていたので、原告と亡Yとの間に親子としての自然的血縁関係は存しないものといわなければならない。そして一方、Aは原告の懐胎期間中Cと事実上の婚姻関係にあつて性交渉が続けられていたのであるから、原告はAとCとの間の子であると認めるのが相当であり、原告と亡Yとの間には親子関係は存在しないものといわざるをえない。

二ところで、本件は原告と亡Yとの間の親子関係の不存在確認の訴えであるが、亡Y及び原告の母Aはいずれも外国人であるから(従つて子の原告の表見上の国籍は韓国となる。)、外国人間の親子関係不存在確認訴訟であり、準拠法を定めなければならないところ、このような親子関係の存否確認の法律関係については、わが国の法例に直接の規定はないけれども、条理に従い、実親子関係の成立に関する法例一七条、一八条及び二二条の規定に則り、当事者双方の本国法を累積的に適用すべきが相当と解する。そうすると、本件においては当事者双方の本国法たる韓国法が準拠法となる。

そこで、大韓民国法八四四条は、「①妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定する。②婚姻成立の日から二〇〇日後又は婚姻関係終了の日から三〇〇日以内に出生した子は婚姻中に懐胎したものと推定する。」と規定し、夫の親生子の推定規定をおいている(日本民法七七二条と同旨。)。韓国民法の右の規定は、嫡出親子関係の成立には自然的血縁関係の存することを当然の前提としたうえ、生理的つながりの確認が必ずしも容易でない父子関係につき、その蓋然性の特に高い一定の場合に限つて推定による親子関係を認めるものである。しかしながら韓国民法においても、右の規定は夫婦の同居という通常の事態を予定しているものであるから、もし妻が婚姻中に懐胎した子であつても、妻の懐胎期に夫婦同棲がまつたく欠けており、妻が夫によつて懐胎することが不可能であり、そのことが外見から明白な場合には同条の推定は及ばないものと解されている。

本件においては、前記認定のように、原告は、Aと亡Yの離婚による婚姻関係終了後三〇〇日以内に出生しているけれども、Aと亡Yとは離婚の届出に先立ち長年にわたり事実上の離婚となつて別居し、その間に夫婦の実体が失われていたのであるから、この場合は韓国民法八八四条二項による嫡出の推定を受けないものというべく、原告と亡Yとの間に親子関係は存在しないといわなければならない。そして亡Yが死亡しているので、原告は、被告に対し、亡Yとの親子関係不存在の確認請求を求めることができる。

三よつて、原告の本訴請求は正当であるから認容することとし、訴訟費用の負担につき人事訴訟法三二条、一七条を適用して、主文のとおり判決する。

(坂詰幸次郎)

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